
古典の色使い:紅の匂い
色使いと文様使い
日本人にとって色や文様はただのデザインだけでなく、願いや想いを込める、心緒を表現するそのような身近な存在でした。またその表現方法にも独特なものがあり、グラデーションの色使いを”匂い”と称します。目で入れた情報を、他の器官で表現する。感性豊かな日本人が育んだ文化をもまとい、雛人形に仕立てます。

手仕事の余韻を宿すものづくり
作品をかたちづくるとき、ただ整った美しさだけでなく、「手で作った温もり」が感じられることを大切にしています。
たとえば兜の金属に残る金槌の微かな打痕。絵屏風に刻 まれた、筆先のかすれ。上質な絹糸の織りが織りなす、指先に伝わる張り。
それらはまるで、制作の瞬間に響いていた槌音や、筆が紙を走る音、絹がこすれ合う柔らかな音を宿しているかのようです。
目には見えなくても、五感で感じられるものづくり。
その余韻もまた、作品とともにお届けできたらと願っています。
相反するものの美
桂雛の造形には、「相反するもの」を調和させる美があります。雛人形には、直線的な構成を多用し、静けさや端正さを際立たせます。一方、兜飾りには、植物を想起させるような柔らかな曲線を重ね、生命感を込めます。
例えば、絹の滑らかな衣装に直線の所作を与える「腕折り」の技法や、冷たく無機質な金属で曲線を描き、草花の息吹を表現する兜の細工。そのすべてが、異なる性質を響き合わせる“技術の対話”です。
直線と曲線、静と動、無機と有機。相反するものを組み合わせることで、長く寄り添い、見飽きることのない美しさを目指しています。

顔
「表情を付けるな」祖父の教えを守り表現される表情は、瞼の一番高い位置より少し下に目をいれます。常に静かに見守る観音菩薩のような存在が、雛人形の理想かと考えます。 だからこそ表情を付けず、見る人が悲しい時には一緒に悲しみ、見る人が嬉しい時には一緒に微笑む、見る人の心を映し出す鏡の様な存在になれたら嬉しく思います。


空気をまとう
私の祖母は、着物を縫うのがとても上手で、よく知人から頼まれて仕立てをしていました。そんな祖母がよく言っていたのが、「良い着物は、まるで空気をまとうようなものなんだ」という言葉です。雛人形は小さなものなので、その感覚を表現するのはとても難しいのですが、私たちはその“空気をまとうような流れ”を感じてもらえるよう、絹糸や裏打ちの和紙といった素材選びから、厚み、繊維の太さに至るまで、創意工夫を重ねています。
静けさの中の 美
桂雛が追い求めてきたのは、ただ美しいものをつくることではありません。
土に還る素材を選ぶこと。顔に表情を与えないこと。
それは、未来へ受け継がれるための「余白」を残すため。
日本の美意識に根ざした造形、色彩、文様、そして空気をまとうような着せ付け。
一つひとつの選択の先に、桂雛の思想がかたちとなって現れます。
それは、飾る人のこころを映し、時代を超えて生き続けるものづくり。
ここに記すのは、桂雛の“静かなこだわり”の源です。
造形
座り姿の美しさの特徴が膝元に表れます。桂雛では縮尺した袴を縫製し、脚の付いた胴体に穿かせ、膝を曲げて着せ付け、座り姿の美しさを表現します。袴を穿かせた状態でも膝の形状を感じてもらえるかと思います。また、どの角度から見ても美しい座り姿を作り出すため、上からの目線を意識し、袖や裾の流れがきれいに見えるよう着せ付けをします。

つくり手の手

土に還る素材
胴体の芯には米藁、衣装の裏貼りには手漉き和紙(西の内和紙)を、そのことが常に 外気と胴体の中身が呼吸している状態を作り出しています。また和紙の特性により、防虫効果および型崩れ防止をもたらし、人形にとって良い環境が生まれます。それらの素材は、湿気の多い夏場、箱の中で過ごす雛人形を見守ります。それは土に還る素材だからこその恩恵です。

